最高裁判所第二小法廷 昭和42年(あ)1798号 決定 1967年11月24日
主文
本件上告を棄却する。
理由
被告人本人の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、適法な上告理由にあたらない。
弁護人山本石樹の上告趣意第一点は、憲法違反をいうが、実質は事実誤認、単なる法令違反の主張に帰し、同第二点は、判例違反をいうが、原判決は何ら所論の判例に反する判断をしているものではないことが明らかであるから、所論はその前提を欠き、同第三点は、判例違反をいうが、結局公民権停止の点についての不服をいうものであって、実質において量刑不当の主張に帰し、同第四点は、量刑不当の主張であって、以上いずれも適法な上告理由にあたらない。
弁護人片山一光の上告趣意(補充書を含む、以下同じ)第一点の1、2は、憲法違反をいうが、実質は事実誤認、量刑不当の主張に帰し、同第一点の3、4は、憲法違反をいうが、実質は訴訟手続の単なる法令違反をいうに帰し、同第二点は単なる法令違反、同第三点は事実誤認、同第四点は量刑不当の各主張であって、以上いずれも適法な上告理由にあたらない。
しかし、片山弁護人の所論にかんがみ、職権により調査するに、本件は、略式命令が発せられたのち被告人からの請求によって正式裁判が開始された事件であるところ、被告人に対する起訴状(略式命令請求書、以下同じ)は、公訴事実として、被告人が、昭和四〇年七月四日施行の参議院議員選挙に際し、「他の者と共謀のうえ、石本しげる候補に投票を得しめる目的で、未だ石本の立候補届出のない同年五月二〇日、同候補のための選挙運動等を依頼する趣旨の法定外文書を同封した封筒合計一〇九通を山住久美子ほか一〇八名に対し郵送頒布して立候補届出前の選挙運動を行なった」旨の事実を記載し、罰条として公職選挙法一二九条、二三九条(以上は事前運動に関する罰条)、一四二条一項二号、二四三条三号(以上は法定外文書頒布に関する罰条)ならびに刑法六〇条を掲げているのに対し、これに対応して長崎簡易裁判所の発した略式命令は、起訴状とほとんど同一の事実を記載しながら、前記起訴状の記載文言中「法定外」との字句を削り、罰条として公職選挙法一二九条、二三九条一号、刑法六〇条だけを掲げていること、右略式命令謄本は被告人の許に送達されたが、起訴状謄本は被告人に送達されていないことが記録上明らかである。
これによってみれば、右略式命令は、起訴状が事前運動ならびに法定外文書頒布の両罪を記載している(従って右両罪につき公訴が提起されている)のにかかわらず、法定外文書頒布の点を除外し、事前運動の罪だけを認めているものであることが明らかであるが、このように起訴状の記載内容と略式命令の記載内容とに軽微とはいい得ない差異があり、被告人側は右略式命令の記載内容しか知り得ないまま、右略式命令に対し正式裁判の請求がなされ、通常の公判が開始された場合、その公判において審理の対象となるものは、起訴状と略式命令との各内容が一致する部分だけであるといわなければならない。被告人側が事前に知り得ない起訴状の全内容をもって審理の対象とみることは甚だ公正を欠くことになるからである。
従って、本件第一審の審理の当初において訴因となるものは、事前運動の罪だけであったものとみるべきところ、第一審判決は、前記起訴状の記載とほぼ同様の事実を認定し、これを事前運動ならびに法定外文書頒布の両罪にあたるものとし、両罪を一個の行為で二個の罪名に触れる場合として処断していること、その審理の過程において明確な形における訴因、罰条の追加がなされなかったことも記録上明らかである。しかしながら、本件第一審の第一回公判期日においては検察官による起訴状の朗読が行われたものと認められるが、記録上、被告人、弁護人から右起訴状の内容について異議等の申立がなされた形跡はなく、また、記録によれば、第一審の第六回公判期日において、検察官から、「本件は事前運動と法定外文書頒布の事実を起訴したものであって、罰条は公職選挙法一二九条、二三九条、一四二条一項六号、二四三条三号、刑法六〇条である」旨の釈明がなされ(右の釈明で一四二条一項六号としているのは、同条項二号の誤りとみられる)たうえ、右両罪につき証明十分である旨の論告、求刑がなされたが、被告人、弁護人とも右検察官の釈明について何ら異議を申立てなかったことが明らかであって、これらによってみれば、被告人の在廷する公判廷においては、口頭による訴因、罰条の追加、撤回、変更が許されることでもあるから(刑訴規則二〇九条五項)、前記起訴状朗読ならびに検察官の釈明は、実質において訴因、罰条の追加と同視できるものということができる。第一審判決が法定外文書頒布の罪をも認定したのは適法であったといわなければならない。そして訴因、罰条の追加を明確な形でなさしめなかったという点において第一審判決に訴訟手続上の瑕疵があったとしても、被告人は控訴趣意書において、訴因、罰条の追加なしに法定外文書頒布の罪が認定されたことにつき何ら不服を述べていないのであるから、以上のような本件第一、二審の審理経過を考え合わせれば、右の瑕疵は既に治癒されたものと認めるのが相当である。
結局、原判決ならびにその認容する第一審判決には、刑訴法四一一条を適用すべき違法は認められない。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)